ページ

2011-06-21

『TPP亡国論』 読了


東北大震災で話題としては吹っ飛んでしまった感のあるTPP。

本書の筆者は、そのTPPを推進する立場である経済産業省から京都大学に出向している身分です。
そんな人が、経産省のしがらみを気にすることなく、真正面からTPPに反対している。


1.TPPは愚策
筆者は、TPPの推進は国益を損なう愚策であると断じています。

その具体例は以前書いたような内容です。
参考:Styles: TPP参加の議論が少なすぎる|TPP亡国論 第1章

イメージ戦略として、次のような言葉が踊りました。

  • 平成の開国
  • 世界の孤児になる


しかし、その実態を見ると、日本側から見て輸出相手国となり得るのはアメリカのみと指摘します。

他の参加国はもともとシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドといった経済的には小国同士の連合からスタートしており、彼らが日本の輸出を受け入れるだけの余地はないでしょう。
むしろ、彼らから見れば日本が参加することで、大きな日本市場を確保し、輸出攻勢をかけたいところで、日本からの輸入なんて……。

さらに、期待のアメリカもリーマン・ショック以降、輸出拡大による国内労働市場の適正化を図ろうとしており、日本からの輸入をこれまでのように維持することはないだろう、としています。


2.日本はデフレ
さらに、忘れてならないのは、現在の日本はデフレであるということです。

デフレーション (deflation) とは、物価が持続的に下落していく経済現象を指す。略してデフレとも呼ぶ。
Wikipedia|デフレーション

一般的に、貿易の自由化に限らず「自由化」は価格下落をもたらします。
それは市場に競争力が働くから、ですね。

そして、一市民として見ると、物価が安くなるデフレは「嬉しいこと」だと感じることもあるかもしれません。
しかし、その背後では企業の投資が停滞し、人件費を中心にコストカットされ、経済全体が停滞することにつながるため、デフレは避けなければならない、と考えられてきました。

1-4 デフレって何ですか?より


であるにも関わらず、日本は10年以上もの長期にわたりデフレ脱却ができていないのです。

戦後、どの国の政府も、バブルがはじけてデフレが起きそうになると、金融緩和と同時に財政出動を行い、デフレを未然に防いできました。
『TPP亡国論』,第三章 貿易の意味を問い直す,P.125 

3.デフレと自由化
そんな状況の日本で貿易の自由化を急進的に進める枠組みTPPに参加するとどうなるか。
「自由化」は価格下落をもたらします。

多くの安価な輸入品に対抗するために、国内でも価格下落せざるを得なくなります。
価格を下げるためには、人件費の削減あるいはリストラが行われます。

すると、国内における雇用は一層深刻化します。

雇用がなくなれば消費が落ち込み、企業の活力も落ち込み、さらにデフレへ……となります。

つまり、デフレ下における「自由化」は非常に危険な政策であると言わざるを得ません。


4.石油以上の政治パワーを持つ資源“食料”
近年、食料自給率、エネルギー自給率に関する議論が喧しいです。
危機を叫ぶ陣営があれば、大丈夫、輸入できるので問題ないと安心を謳う陣営もあります。

僕自身は、たしかに一切食料が輸入できなくなるような事態は起こりにくい、と思います。
ただし、輸入価格が今のように安く提供され続けるか、というと非常に疑問です。
経済がグローバル化し、地方と世界が直接結びつくようになった今、どこかで危機が起きればそれは確実に価格に反映されます。

アメリカがバイオディーゼル燃料に注目した後、トウモロコシや穀物価格が上昇したのもそのあらわれでしょう。

この食料について、筆者は
アメリカの農業大国としてのパワーは、市場の構造を考えると、中東の石油によるパワーより強力だとも言えます。
(中略)
中東諸国は(中略)、生産する石油の大半を海外の国々に買ってもらわなくては、国の経済が成り立ちません。
(中略)
これに対して、アメリカの穀物輸出量は大きいですが、国内消費量はもっと巨大です。
『TPP亡国論』,第五章 グローバル化した世界で戦略的に考える,P.189 

と指摘し、アメリカから農産物を輸入している国に対して強気で交渉できると言います。

つまり、輸出をストップせずとも、価格決定権は圧倒的にアメリカ側に保持されることになります。
その時、不当だから買わない、などということはできません。食料は生きていくために不可欠ですから。

そして、高い価格で輸入することになれば、他の国内経済への影響も出てくると思われますね。

筆者はさらに、F1種もアメリカ側に支配されており、農産物の自給は切迫していると指摘しています。


5.おわりに
筆者はこの他に水資源について触れたり、福沢諭吉の『開鎖論』を引用したりして、TPPに関する議論の少なさを嘆いています。

その点については同感ですし、TPPについても反対という考え方です。

今は東北地方の復興でそれどころではない、といったところですがいずれまたTPPは出てくるのではないでしょうか。
その時、また深い議論もなくマスメディア中心に「TPP参加」ありきで世論が形成されることは危ないでしょう。
しかも、農家は悪者にされる、というおまけ付きです。


本当にTPP参加は国内経済に好影響をもたらすのか、デメリットは何か、失うものは得るものは。
それらは急進的枠組みであるTPP以外では本当にムリなのか。

そんなことを考える必要があるでしょう。