この風景は隠岐に来れば本当に見ることができます(隠岐の島町・ローソク島) |
隠岐ジオパーク
隠岐がジオパークに取り組み始めたのは、2007~2008年頃だったと記憶しています。
隠岐では2005年頃から、観光振興のためには従来型のマスツーリズムでは他の観光地と潰し合いにしかならないことに気づいた人たちを中心として、エコツーリズムの推進に取り組んでいました。
すぐれた観光地とは、そこに暮らす人がその地域への誇りや愛着を持っているのではないか。
隠岐にも優れた資源が、海にも山にも文化にも歴史にもある。それを知ってもらい、好きになってもらい、繰り返し来てもらいたい。
その思いがエコツーリズム推進に向かわせたのではないかと思います。
エコツーリズムの取り組みを始めた時も、ジオパーク登録を目指そうと動き始めた時も、誰もここまで来れるなんて思いもしなかったんじゃないだろうか。
もちろん、中核となる人たちはそれなりに「いける」という気持ちがあったのは間違いない。
「推薦」を得た価値とは
そもそも「ジオパーク」がまだまだ知名度が低いので、国内の候補としての推薦を決めた、というニュースもさほど大きな扱いではないようです。
こういう時は、少しシチュエーションを置き換えてみるといいと思います。
せっかくなので、サッカー。ワールドカップで考えてみましょうか。
ワールドカップ出場を世界ジオパークネットワーク(GGN)登録と仮定します。
そうすると、国内候補としての「推薦」はザックジャパンに選ばれたことと同等の意義があることがわかります。
本田△や、遠藤、長谷部、ユウト・ナガトモ、香川たちがザックによって力を認められ、代表に選ばれたのと同じように、隠岐ジオパークも日本ジオパーク委員会(JGC)によって、課題はあるものの、価値を認められ日本代表として選ばれたのです。
通天橋(西ノ島) |
今後に向けて
今後、12月までにGGNへの申請書を「英語」で作成しなければなりません。
また、現地視察で指摘があったジオサイトの解説板の設置も急務です。やることは山ほどあります。
さらに、連動した動きでは隠岐ジオパーク戦略会議の取り組みもあります。
僕から見た課題は、明確です。
それは前にも指摘したけど、「共感の環」をいかに広げられるか。広げることに力を注げるのか、という点です。
ぶっちゃけた話、看板設置なんて金があればできるわけです。
でも、「環を広げる」ということは多少の金ではどうにもなりません。それに、気持ちの部分が大きいので時間がかかります。
なのに、目に見えた成果としては実感しにくい。
そこをガマンして根気強くできるか、が後々ボディブローのように効いてくると思います。
この点だけは変わらず訴え続けようと思います。
何はともあれ、関係者の皆様まずはおめでとうございます。そしてお疲れ様でした。
今後に向けて、これまで以上に大変になると思いますが、方向性と意識を共有して進んでいきましょう。
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