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2012-03-12

僕を変えた1年間

日付で言えばもう過ぎてしまったわけだけど、やはり書かないわけにはいかないなと思う。

2011.03.11

その日、僕は何をしていた?

はっきりと思い出せる。
前日の3月10日から一泊で隠岐の島町に出張し、15時過ぎ出港のフェリーに乗船した時、船内のテレビで未曾有の大地震が発生したことを知った。

テレビではひっきりなしに津波警報を流していたが、その時点では事の重大さに気づくことなく、仕事で疲れていたこともあり、船内でいつものように寝た。

そして、17時半ころ、七類港に入港した後くらい、もう少し具体的には車でラジオを聞いたであろうくらいから記憶が断片的になる。
おそらく、ラジオを聞いてようやくとんでもない事態なんだと認識したのだろう。


僕がしたことといえば、被災地にボランティアに行くこともなく、せいぜい募金箱にお金を投入するくらいだった。

それでも、3.11はたしかに価値観を少し変えた。
それは時間が経過するにつれて、僕の中に深く静かに浸透していったようだ。
気づいたら、僕の中には新たな価値観が形成されていた。
自分の仕事は何なのか。誰のために、何のために仕事をしているのか。どんな価値が提供できているのか。

その証拠に、このブログは昨年3月末から始めているが、その頃でさえ何一つ地震については触れていない。
その理由は今この時点からでも推測は容易だ。
3.11について何か書いても薄っぺらくなるので、避けていた。
そういう僕が、1年というある種のタイミングでこうして書いた、ということはやはり何かが変わったのだろう。


僕が中学生だった頃、阪神淡路大震災が発災。
発災の時間帯は未明で、当時それなりに部活に精を出していた僕は、一度眠りに入るとちょっとやそっとじゃ起きない深い眠りが得意な子どもだった。
当時の住まいである大田市では震度が3とかそこらだったらしいが、僕は一切起きることなく、普段通り朝7時半くらいに起きて、母親からニュースを聞かされて知った。

今となっては非常に近い関西で起きた大きな災害であったにもかかわらず当時は、まったくもって現実感のない、自分の日常とは切り離された「ニュース」としか認識できなかった。


同年代の人もそうでない人も、まさか一生のうちにこんな大規模な地震災害を二度も目の当たりにするとは、とても想像もしなかっただろう。


話は飛びに飛ぶが、東日本大震災がもし深夜に発災していたら、死者数はゼロが一桁増えていたであろう、という話もあるようだ。

2万人の死者で済んだことはむしろ恵まれていた? 防災学者が危ぶむ「魔法の津波対策」が語られる世相 ――藤間功司・防衛大学校教授のケース|3.11の「喪失」~語られなかった悲劇の教訓 吉田典史|ダイヤモンド・オンライン

ラジオを聞き、テレビを見て、涙が自然と溢れそうになる。
でもそれは、理不尽な自然の猛威に対する怒りなどではなく、それでも何かを守ろうとする人、正確な情報を伝えようとするヒト、可能性は低くとも生存者を探そうとするひと、静かに心に寄り添う「人間」を目の当たりにするからだ。

被災された方たちにとっては、ここまで氾濫してしまった「絆」という言葉が重たいようだ。

不思議な因縁か。
3.11の一ヶ月ほど前のタイミングで、僕はまさに地域の、コミュニティの「絆」の力を指す「ソーシャル・キャピタル」について書いた修士論文を学内発表していた。

ソーシャル・キャピタルと「幸福度」について、地域内の「共食」と家庭内の「共食」の視点から何か得られないか。
共食をキーワードにソーシャル・キャピタルを醸成することができるのではないか、と考えた。

ソーシャル・キャピタルというものは、今後僕の中ではきわめて重要なアイディアとなると思う。
僕の能力ではソーシャル・キャピタルを十分に理解することは困難を伴うけど、それをライフワークとしても、仕事にも活かしたいと思う。

ヒトは共通する困難、課題がなければ協力はできないのか?そんなことはないはずだ。


今日は、学生の頃に得た大事な地域の近くを思いがけず訪れることになって、それが3月11日であるということに、また何かの因縁を感じたので、どうしても今自分の中の言葉を書きだしておきたかった。

整理することもなく書きなぐっているので、自己満足なポストだけど。

いつか、東北を訪れてみたい。
願わくばその頃には、少々金を使っても惜しくないくらいには自立していたい。


2012年3月11日 記

2012-03-01

2月によく見ていただいたポストたち!!

いよいよ2012年も3月になりました。

この一年は本当に早かったように思います。
いろいろと迷いながら、考えながら、悩みながら進んだ一年でした。

ほんとなら、この記事を4年に1度しかこない昨日をスタートとしてすればよかったんですがまあ、仕方ない。

ブログのネタに困ってるわけでもないですが、ブログのひと月を振り返ってみるのもいいかも、と思い毎月末に更新してみたいと思います。

テーマは、
「○月によく見ていただいたポストたち!!」


と、いうことで早速。


5位

5位くらいから紹介しましょう。

Styles: ソーシャルメディアをどう活用するか

Styles: 『地域再生の罠』読了

同数でこの二つのポストでした。

ひとつは、東京出張の際に顔を出すことができた「行政/政治分野のソーシャルメディア活用を研究する会」の会合について簡単に整理したものです。
普段会えない方々と会い、交流できたことは刺激もいただけて良かった。

もうひとつは、『地域再生の罠』を読んだ感想などですね。


3位

Styles: ひとの「つながり」の創出と強化が地方が目指すべき方向

これは2月の東京出張を経て、現時点でたどり着いた「ひと」についてのひとつの結論と、地方における「ひと」の強みをどう活かす?ということについて考えを書いたもの。

キーワードは「ソーシャル・キャピタル」と「ファンドレイジング」です。


2位

Styles: ファンドレイジングの真髄に触れた三日間

アツい3日間を簡単に綴ったポストが2位。僕のブログ的には今月実質1位。
初級ファンドレイザー必修研修の1日目、2日目3日目はファンドレイジング大会、という非常に濃い三日間を過ごし、情報と人が集まる東京の強みを感じました。

一方で、地方でもいろんな形でこれからの日本をリードできる可能性があることを感じました。
その力を引き出す役割を、ファンドレイザーが果たせる、ということも強く感じました。


1位

Styles: 島根というところ

これは僕のブログの不動の1位なんですが、個人的な分析の結果、内容ではなく「画像」のせいである、という結論が出ております。

適当に拝借してきた画像が「島根」で画像検索すると1位とか2位とかで出てくるんですね。
で、それをクリックするとなぜかこのブログに飛ぶ、と。

「島根」で検索してきた方で、「観光情報とか知りたいなー」とか思われて飛ばれた方には大変申し訳ないですね。
あんまり申し訳ないので、少しでも楽しめそうな情報が伝われば、と思い最後に追記してますが、はてさて。

ということで、一応今回は紹介しておりますが、次回からはこのポストは無視して紹介したいと思います。


今後とも当ブログをご愛顧いただきますようお願い申し上げます。

2012-02-07

ファンドレイジングの真髄に触れた三日間

3日の会場は国連大学

2012年2月3日から5日までの3日間、ファンドレイズというものにガッツリ入り込んできました。

2月2日の夜行「サンライズ出雲」で東京に向かい、3日は認定ファンドレイザー必修研修を受講、4日、5日はファンドレイジング日本2012への参加。

いっこ前のポストでも書いたけど、活気がすごかったです、東京ナイス。

ひとが資源、という趣旨のポストはこれまでに何度か書いてきましたが、東京でもそれは変わらない。


ファンドレイザー必修研修


2月3日、丸一日かけて研修で、300人ほどが参加されたようです。

まずはじめに、正直に言っておきます。さすがに、最終盤は疲れましたので、聞き逃しもありそうです。
しかも、疲れからか会場に手帳を忘れて帰る始末(苦笑ものですよ)

研修は、講師である鵜尾さんからも説明がありましたが、ファンドレイジングの「全体」を関連付けて説明するもので、「全部」を説明するものではありませんでした。
ファンドレイジングの「全体」を聞いた今思えば、「全部」をたった一日で伝えることはムリですね。

ということで、肝となる考え方、思想、理論から具体的な手法、ソーシャルメディアの活用などまで多様なテーマで解説がありました。

一昨年でしょうか、島根県で開催されたNPO活動推進大会で鵜尾さんの講演をはじめて聞き、ファンドレイジングの可能性を強く感じ、「共感を得る」という思想に共感し、何とかして自分もそこに関わりたいと思いながら仕事をしてきて、今回こういった形で一歩前に進めたことは非常に大きな意味を持つと感じています。

そして、鵜尾さんの講演のおもしろさ、飽きさせない話術、盛り上げ方はスゴイ。


ファンドレイジング日本2012

オープニング直前(2012.02.04)

4日、5日はファンドレイジング日本2012でした。
二日間にわたり700人が参加し、100人がなおキャンセル待ちだったというこのイベントに参加し、僕の中でも「あぁ、たしかに日本の中に寄付が成立していくのだな」という実感がさらにわきました。

ちなみに、2010年の大会では参加者400人、2011年大会では500人と着実に増えて、今回は700人ですからねぇ。
3.11があったということが大きな影響を与えているとはいえ、ファンドレイジングというものに対する意識が醸成されてきているんでしょうね。

2日間で30近いセッションが繰り広げられていましたが、いずれも興味深い内容でどれに参加しようか迷いに迷いましたが、参加したセッションはどれも面白い内容で満足です。

特に印象深いセッションは、初日だと加賀屋克美さんでしょうか。

ディズニーめっちゃ好きなんやなぁというどうでもいい印象とともに、ネット上では有名なエピソードも加賀屋さんの口から聞くことで、それがどれだけ深い意味を持っているかがよく伝わり、うかつにも目から汗が出る事態に。

二日目だと、Just Giving Japanの佐藤大吾さんと多田千尋さん。


Just Giving は以前知人から「ファンドレイジングといえば、こんなサイトがありますよ」と教えてもらっていたので概要は知っていたつもりでしたが、佐藤さんから直接いろんな話しを聞くことで、これものすごい仕掛けじゃないの?と、改めてその可能性を認識しました。

佐藤さんの印象的な言葉。
・ひとりに頼めるモノゴトは一個まで
・だったら寄付を頼まずファンドレイザーになってもらうことを頼むべき
多田さんは東京おもちゃ美術館の館長さんらしいけど、いやはやなんとも。
木育というアクションはすごくおもしろいなと感じました。
あれって、島根でもできる手法だし、やるべきだなと思いながら話を聞いてました。
多田さんのお話でも若干目から汗が……。

壇上の右側お二人は島根県から参加された方です


ファンドレイザーに向けて

僕自身2度ほど目から汗が出たように、ファンドレイジングに「共感」は重要なんだと思います。
それは必ずしも明確な「感動」である必要はないですけど、何か行動に結びつけるためには強い共感が必要ですね。

もうひとつ、今回のセッション中で共感した部分は、「寄付をお願いすることはかっこ悪いと思ってた」という話、でもそれは違うんだと気づいたという話。

これははじめて鵜尾さんの話を聞いてからずーっと考えてきたことで、自分の中での結論と今回のセッションで示された一つの結論が結びついて、「うん。そうか」とひとりで納得していました。

それはちょっと傲慢に見えるかもしれないけど。

まず前提として、多くの人は何らかの形で社会に関わりたい、できれば貢献したいと思っている。
しかし、日常的には仕事や家事・育児など忙しいこともあり、そうそう関わることはできない状況がある。
その対極に、地域課題を解決するためのNPOが存在しているが、慢性的に財政不安、人材不足である。
そうであるなら、NPOに寄付することは間接的に社会に関わることになり、NPOである以上、自分たちの活動を説明し、共感を得る努力をし、寄付を集めることはある意味で責務である、ということ。

つまり、寄付を呼びかけることで社会にかかわる機会を提供するということ。

そして、その間を取り持つことで寄付や共感を集めることができるのがファンドレイザーであるということだと理解しています。

僕の進むべき方向性が見えた気がした三日間でした。


最後にどうしてもひとつ。
司会を努められた山元香里さん、めっちゃキレイでした!!


2012-02-01

昼ごはんにサラダをつけた

普段の昼ごはんはたいていコンビニ弁当なんですが、忙しかったり買いに行くのがめんどくさかったりする時は、まぁないならないでいいや、と食べないことも割りとあります。

そんな僕ですが、最近はコンビニ弁当を買う時に、サラダも一緒に買って食べるように心がけてます。

理由は二つあって、ひとつは健康管理につながるかな~といった軽い気持ち。たいして期待もしていない。
ふたつめは、ごまドレッシングがうまくて、サラダもありだなぁと感じたから。

今まではなんか金払ってまでコンビニでサラダ買うのもなぁ。。。みたいな感覚だったのが、ふとなくなったのです。

てことで、今日もファミマで弁当+海藻サラダでした!
ごっそ~さん!

大田の駅通りを歩いた1時間

小学校の帰り道 よくこの路地を通った

ちょっと前、昨年12月後半、ちょっと実家に帰ったときに、ふと大田の駅通りを通ってみようと思いたち、パルに車を停めてサンノアまで往復を歩いてみました。

小学校、中学校、高校と都合12年間、駅通りを歩いたり自転車で通ったりして、ある程度店が閉まっていることも記憶にはあったのですが、うーん……ここまで閉まってるのか、と改めて確認した1時間ほどでした。

駅通りを歩く

この店はやってるのかもしれません。
が、外観がちょっと……って感じです。


別の店舗ですが、シャッターは閉まってます。
けっこう多かったですが、同級生のご両親が営まれているお寿司屋さんはまだ健在で妙な安心感を覚えたりも。


ちょっと意外だったのは夜のお店(怪しい店じゃないよ)が思ったより多かったこと。
何気に新しそうな看板も出てたりして、そういう元気はまだありそうだなと。


喜多八幡宮の参道。
子どもの頃は「北八幡宮」だと思ってたので、真実を知った時はそれは驚いたものです。喜多八幡宮の近くには仲のいいヤツの家があったり、ルーテルがあったりしてけっこう遊びに行きました。

そうそう。喜多八幡宮で忘れられない思い出は、ここにあったブランコで頭をかち割ったこと。
保育園の頃の出来事で、未だに縫った後はハゲてます(苦笑)


大正会館がまだやってるとか、マジでビビった。老舗じゃねーか!
キャロットも健在で安心。
外で食べたお好み焼きはキャロットがはじめてだったので、感動した!


ハイ来た。昭和堂書店。大田小児童、一中生徒ご用達?
よく立ち読みしたなぁ。マンガもたくさん買った。当時は『ダイの大冒険』や『SLAMDUNK』、『幽☆遊☆白書』だったかなぁ。懐かしいなぁ。


三瓶川まで来たところ。
小学校の頃は理科の授業で三瓶川入って遊んだなぁ。
友達と三瓶川で釣りしたけど、ヘタクソなんでほとんど釣れなかったのもいい思い出です。
なお、正面の白い建物は大田高校校舎。


三瓶川をわたって100mくらい行ったところかな。
ここまでの写真を振り返って見て気づいた、というか思い出したけど、車の通りがめっちゃ少ないな。
もちろん、歩いている人なんてほとんど見かけなかった。

倒産したサンノアも見てきたけど、寂しかったなぁ。


帰りはちょっと違うルート


帰りは途中から違うルートに入ってみました。
これは真っ直ぐ行くとイクエイがある通り。写真右奥に見える高い建物はスカイホテルというビジネスホテル。前を通ると意外に車は停まってるのでお客さんは入ってるのかも。


冒頭の写真です。
小学校のころ、よくこの路地や他の路地をグルグル歩いて帰りました。缶蹴りしたり、石蹴りしたり。


終わりに

全体的に、懐かしさと寂しさを同時に味わった1時間でした。
あとは何と言っても、ここが自分のルーツであり、もうひとつの原風景であるという確認でしたね。

駅通りの様子も、三瓶川も三瓶山も遊んだ思い出、道に迷って泣いた思い出などなどたくさんあるんだなーと。
普段は思い出すことも少ないし、思い出そうと思っても記憶の引き出しから引っ張り出すことさえできないけど、歩いてみるとパーッと心がタイムスリップするように思い出せました。

だからこそ、いつかは大田に何か返せたらいいなとは思ってる。

2012-01-11

『文明の生態史観』読んでる途中です。

遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。

本年も当ブログをご愛顧いただきますよう よろしくお願い致します。


さてさて、しばらく間があいてしまって、これ以上あけると本格的にストップしてしまいそうなので、苦し紛れにポストします。


ただいま、梅棹忠夫氏の『文明の生態史観』を今さらながら読み始めています。






梅棹忠夫氏の名前をはじめて聞いたのは大学1年の頃だったと記憶しています。
なんの講義だったか……。
フランス語だったような気もするけど、社会学系の講義だったような気もして……。


ま、そんなわけで梅棹忠夫という人がいるのだな、という認識はありましたが、残念な学生だったので読もうなどとは露ほども思わず。

会社に勤めだしてからは記憶の遠いところに行ってしまってましたが、最近お亡くなりになったというニュースもあり、前後して梅棹忠夫という名前をなぜかよく見かけるようになったので、この度購入、読んでみよう、ということになりました。


今ようやく半分くらい読んだわけですが、梅棹忠夫という人は想像していたよりもずっと文章が軽やかで読みやすいですね。

もっとガチガチの文章かと思ってましたが、活字嫌いの人でも比較的楽に読み進めることができそうです。

個人的におもしろいと感じている点は、東洋‐西洋とはまた違う「中洋」という存在や、封建制度を経由したかしていないかで文明(日常の生活様式など)の発展経路が異なる、という話は、アラブの春で北アフリカから中東が大きく揺らいだこの1年を思うに、不思議なつながりを感じます。

もしかしたら、最近梅棹忠夫氏の名前をよく見るように感じたのは、こういった論点がよく知られていたからなのかな?

ということで、引き続き読んでいきたいと思います。

今年もよろしくです!

2011-12-07

図解リーディング 『プロジェクトマネジメントの基本』より「ミッションとモチベーション」

前回、『プロジェクトマネジメントの基本』の中から、ドラッカーの5つの質問の応用について書きました。
図解リーディング 『プロジェクトマネジメントの基本』

今回は『プロジェクトマネジメントの基本』第二弾。

ミッションの理解とモチベーションについて。

ミッションの理解について、というとちょっとわかりにくいかもしれませんが、要は自分の作業・役割が、全体の中でどう貢献しているのかということを、どれだけ自己認識できるか、ということです。

ドラッカーの寓話として本書では、教会建設現場でドラッカーが石工に質問をします。

「あなたは何をしているのですか?」

それに対する答えが、石工たちのミッションに対する理解度にあらわれています。


ミッションの理解度が高いモチベーションを誘い、創意工夫を生み出す


僕の場合、自分が任された、あるいは今やっている仕事が、一体何のためにやっているのかが不明確だとやる気(モチベーション)はあがりません。

何のための作業かわからない状態では、その作業はあくまでも「他人の仕事」の手伝いでしかありませんので、「こうしたらいいんじゃない?」とか「こういう考え方も取り入れたらいいかも?」なんてことも考えません。

そしておそらく、こういう感覚は多くの人に共通するのではないでしょうか。

僕ができているかどうかはさておき、意識しているのは、チームで動く場合には、本来の目的を伝えるように心がけています。(←多分できてない)







2011-12-05

図解リーディング 『プロジェクトマネジメントの基本』

いつも参考にしているビジュアルシンキングというサイトがあります。

ブログのネタに困るということもあるのと、自分の本を読んだ内容をアウトプットしたいという願望をひとつにするため、図解リーディングのすすめ – ビジュアルシンキングという手法をちょっと真似てシリーズ化してみようかと思います。

ということで、第一弾は『プロジェクトマネジメントの基本』から。





ドラッカーは、非営利組織の活動とその評価のために、5つの質問を設定しました。

その質問とは次のようなものです。

  1. 私たちの事業の目的は何か
  2. 私たちの顧客は誰か
  3. 顧客が求める価値とは何か
  4. 私たちの成果は何か
  5. 私たちの計画は

本書では、この5つの質問をベースに、プロジェクトマネジメントに応用して、プロジェクトの目的を明確化し、共有する試みを提案しています。

今取り組んでいるプロジェクトは「何を達成したいか」、その成果を求める「ステークホルダーが誰か」が明確になっているでしょうか。そして、それはプロジェクトチームで、しっかりと共有できているでしょうか。


CSFとは Critical Success Factor の略で、プロジェクト達成のための重要な要因

いろんな場面でプロジェクトは動いていきますが、チームで目的やミッション、成果などを共有できていることは非常に重要ですね。

この本はプロジェクトをマネジメントする、というタイトル通りの内容が淡々とわかりやすく書かれているので、プロジェクトマネジメントをする必要がある人にはオススメの一冊です。

2011-11-26

秋から冬へ


秋も深まって、冬がすぐそこまで来ているような、そんな寒さが感じられますね。

この時期、寒さが厳しくなる一方で、空気が澄み渡り、遠くまで見通せるようになります。
散歩などをしてても、ドライブをしていても、遠くに大山が見通せたりするとなんとなく気分が良くなるものです。


この静かな水面はいいな~。気持ちが落ち着く景色です。



「大山」と言いながら大山の写真は撮ってない、というw

2011-10-25

『秒速5センチメートル』は心の奥で何かがうごめく


最近、『秒速5センチメートル』を見ました。

これはあまり書きすぎると自分自身をエグることになるのですが。

ヒトコト、はまりました。

きっと見る人によって感じ方は違うでしょうね。

自分にとってはこの作品は甘酸っぱくもあり切なくもあり、以前のいろんな思い出が掘り起こされるようでした。


一応、簡単に紹介しておくとこの映画は3本の短編から構成されるおよそ1時間程度の作品です。

  • 「桜花抄」
  • 「コスモナウト」
  • 「秒速5センチメートル」

作品の細やかな解説や分析は他ブログに任せます^^;


主人公

物語は3編とも、主に2人ずつ主人公が配置されています。

遠野貴樹、篠原明里、澄田花苗がそれぞれ3編に二人ずつ登場します。


桜花抄


貴樹と明里の小学校~中学校時代が描かれます。不思議なタイトル「秒速5センチメートル」とは何のかが冒頭で説明されます。
これは桜の花が落ちて行くスピードだそうです。

同じ転校生同士、精神的にも似通った二人がひかれ合いながらもお互い転校でバラバラになる。
その直前の再開と別れまでが描かれるのですが、なんていうのかな。
小学生の時の初恋や、中学生の頃のなんとも言えない好きな娘への気持ちが思い起こされて、けっこうしんどい^^;

そんなに仲良く女の子と喋れるわけじゃなかったけど、やっぱり極少数は話せる娘がいて、その娘が気になったり、、、なんてことはあったわけで。


コスモナウト


鹿児島県種子島に転向した貴樹と、そこで出会った花苗との主に高校生活が描かれます。
東京から引っ越してきた貴樹に一目惚れした花苗が、好きだと告白することもできずかと言って諦めることもできず、という苦しいほど切ない状況です。
貴樹は、小学校から好きだった明里のことを忘れられずにいて、おそらくは、いつもそこにいない明里のことを思いながら過ごしているのでしょう。
だから、優しくはできても振り向くことはできない。


秒速5センチメートル


タイトルにもなっている3編目は、社会人になった貴樹と明里。
貴樹は就職し、何かもわからない高みを目指して懸命に働いた結果、何のために高みを目指していたのかを見失います。
一方、明里は貴樹ではない誰かと結婚することが決まり……。

進むべき道を見失った貴樹と進むべき道を見定めた明里が、子どもの頃よく通った踏切で邂逅し、遮断器が上がった時……。
貴樹は少し微笑みを浮かべます。まるで、ようやく次へと進むことができるように。


すごくいい映画

ちまたではこの作品は欝発生装置として恐れられているようです。その気持ち、わからなくはないですね。
ただ、僕の場合、この作品は欝エンドではないと思います。

切なさはあるけど次へと向かう決意が固まるまで、男は時としてこれだけの時間を要するのだということなんだろうと思います。
必要なのは時間だけじゃなく、キッカケも、なんですけどね。
それが貴樹にとっては、遮断機があがった後の一瞬であったということなんだろうと思います。

男というのは、かくも引きずるものかとエグラれながら見れますw

気分爽快!というわけには行きませんが、何か心の奥でうごめくものがある、たしかに感じられるそういう映画です。

その他、背景描写がめちゃめちゃキレイ。サクラも、空も宇宙も、ほんとうにキレイです。
あと、好きな山崎まさよしの名曲「one more time,one more chance」が作品を貫いているので、そういう楽しみ方もあるかと。

とりあえずDVDと小説がほしくなったw

『プレイフルシンキング』読了



わずか二晩で読みきってしまった、読んでて楽しい、まさに「プレイフル」な本でした。

まず最初に伝えておくと、僕は本を読むのにものすごく時間がかかります。
『銀河鉄道の夜』を読み終えるのに3日要してますし……。

この本は180ページほどなので、いつものペースなら間違いなく2週間はかかります。
が、実際には昨日、今日の二日間というか二晩で一気に読みきってしまいました。


プレイフルシンキングとは

本書を貫く、ちょっと変わった言葉「プレイフル」とは何でしょうか。
著者の言葉を引用するとこうです。
プレイフルとは、物事に対してワクワクドキドキする心の状態のことをいう。(P.16)

そして、この心の持ちようは、やや後ろ向きなタイプの人でも、新しいことになかなか踏み出せない臆病な人でも習得できる思考法だとも言っています。

このプレイフルシンキングをうまく活用することで、今まで自分の中で「こうだ」と思っていた世界が違った見え方をしてくる。その変化がまたワクワクドキドキを呼び込む、それがプレイフルシンキングなのかもしれません。


ただ、本書の序章の最後には、「プレイフル」という単語が繰り返し繰り返し連発されているので、初見ではやや鬱陶しさを感じました。


プレイフルシンキングを「仕事」に活かす

著者はもともと「学びの場」についての研究者ですが、仕事の場面も「学びの場」ではないかと考え本書を書いたらしい。

まず気になったワードを拾いながら「振り返り」をしてみると、“プロフェッショナル”であるために2つの重要なキーワードを示しています。

  • 新しい状況にためらくことなく飛び込む「知的好奇心」
  • 自分の行動を振り返ってみる「俯瞰的で省察的な視点」

この2点です。
知的好奇心に突き動かされながらも、第三者的な視点を持ちあわせて、スパイラルアップを果たしていけるのがプロフェッショナルだということですね。

さらに、人間の心のあり方は大きく2つのパターンに分類されるようです。

  • フィックストマインドセット(fixed-mindset)
  • グロウスマインドセット(growth-mindset)

簡単に言い換えれば、前者は「コチコチに硬直した心」のあり様で、後者が「伸び伸びとしたしなやかな心」のあり様です。

フィックストマインドセットの人は、新たな局面に立った時、「自分にできるだろうか?」と考え、グロウスマインドセットの人は同じ場面で「どうしたらできるだろうか?」と考えるタイプ。

そして、この心理的な差は失敗した時には次のようにあらわれるようです。

  • fixed→自分の“能力が”足りなかったから
  • growth→自分の“努力”が足りなかったから

と。

ここは初見ではよくわかりませんでした。
が、よくよく考えれば、単純なこと。

fixedの場合は、自分の能力に限界があり、どれだけ無力感を感じる。
一方でgrowthの場合、失敗は悔しいが、努力が足りないのだから次は何とかなる、と考える。

この差は仕事をしていく上で、思いのほか大きいのだろうと思います。
なぜなら、僕のような仕事の場合、「同じ仕事」というものは存在せず、常に新しい何かに挑戦せざるを得ないのだから、マインドセットをどう自分の中で仕上げるか、はパフォーマンスに大きな影響を与えます。


自分の場合

自分はどちらのマインドセットも経験したからわかるけど、この心理的な差は大きい。

中学生頃から仕事をし始めて2、3年までは、今にして思えば僕は完全にfixedでした。

とにかく、自分は頭の回転が遅く、人の役に立たない無能であると、かなりネガティブなマインドセットです。
だからというわけじゃないけど、ネガティブであることが悪いことだとは思わないし、ネクラなことも悪いと思わない。

ただ、仕事を始めて数年経った頃、気づくとgrowthな心理になってました。
なぜかはわからないけど、仕事自体が楽しいものだと腑に落ちたことや、楽しみながら仕事をしていいのかもしれない、と少しずつ思えたからかもしれません。


メタ的視点

メタ的に考える人は、上司がなぜそう言ったのか、言葉の奥にある本質を探ろうとする(P.60)
これは、僕は普段からしてしまいますね。
よく言えばメタ的に考えることができている、とも言えますが、自己評価的には相手の奥ではなく、ウラを探ろうとする心理が働いているような気もします。

ただ、こういう風に考えられるようになったのは以前の上司のおかげです。
常に評価されていると考えたほうがいい、といったようなことを教え込まれました。


1人で仕事をするわけではない

これは自分が一番気を付けなければならない点なんですけどね。
いろんな特技を持つ人、ネットワークを活用することでひとりでやるよりもはるかに良好なパフォーマンスが発揮できる。
これは頭ではすごくよく理解しているし、やろうともするんだけど、はっきり言って得意分野ではないです。
この辺をうまくできる人は周囲にもいますけど、本当に尊敬しますし、羨ましくもあるし、悔しくもある。

そういう意味で、本書でいう「最近接領域」という概念はおもしろい。

これは要するに、「あの人が一緒ならうまくやれそうだ」という頼れる他人ありきの自信。

こういうイメージはすぐに持つんだけど、実践が難しいー^^;


最後に

冒頭で書いたように、わずか二晩で読みきってしまうくらい読みやすく、また内容自体がワクワクドキドキモノですので楽しく読めると思います。

内容的には、同じタイミングで読み終わった『キュレーションの時代』と重なる考え方も多く、「うーん、仕事のあり方や仕事との向き合い方が変わってきてるのかも~」と感じることも多々ありました。

新しい環境に立ち向かうというコンテキストは『キュレーションの時代』ではそのままキュレーターという役割と重なるし、ワークショップの主催者だけじゃなく参加者も一緒に準備するというコンテキストは『キュレーションの時代』でふれられた禅や「主客一体」と重なります。

そういう点でも、今この時にこの2冊を読んだことに何か必然性を感じます。

個人的には最近の自分の頭の回転の遅さに今まで以上にイラつき情けなく感じていたので、ある意味で救われ、良い意味で気合をもらえました。

あと、仕事は楽しんでいいんだ、楽しい方がパフォーマンスがあがるんだ、と少し自信を持てる内容ですので、仕事でもプライベートでも「今のままでいいのかな?」と悩んでる方、悩み始めてる方は一読の価値ありです。



上田 信行
宣伝会議
発売日:2009-07-03

2011-10-05

JGN臨時総会と交流会



先にこちらもご覧ください。



もう関連するポスト3つもあげてるのに、まだ1日目が終わらないとかどんだけー。


JGN臨時総会


洞爺湖有珠山ジオパークについたその日の夕方から、日本ジオパークネットワーク(JGN)の臨時総会がありました。
会場はサミット記念館。

昨日も書きましたが、この会場を使わせてもらったということが洞爺湖町の肝いりらしいです。

隠岐ジオパークからは推進協議会の升谷副会長が出席。


議事そのものは滞り無く進行しました。

なお、JGNはNPO法人格を取得しています。


交流会へ突入

臨時総会終了後は場所を移して、交流会。


参加者数がものすごく多い。
聞いたら、昨年の糸魚川では50人くらいだったとか?


とにかく人数が多かったです。


ジオパーク自慢コーナー

そして、交流会では各ジオパークの自慢コーナーへ。


酒の部

どのジオパークからも、「うちのが一番うまい!」と思って持ってきている酒などを飲んでくれ!と、並べてありました。

ただ飲むだけではもったいない、ということで、各ジオパーク担当者がそれぞれ商品を自慢するコーナーまで用意されていました。


このピンクのお酒はアポイ岳ジオパークのお酒ですが、どぶろくです。
コレ飲んでぼくはやられました。
飲んだ感じはそれほど強さはなかったように思いますが、香りが強かった。



我らが隠岐ジオパークからは隠岐誉。


スイーツの部

用意されていたのはお酒だけじゃないんです。

各地域で商品開発されているお菓子類もあわせて置いてありました。
一番上は下仁田ジオパークのくりっぺまんじゅう。






どうですか?
なかなか美味しそうなお菓子も多いですよね。

地元、洞爺湖有珠山ジオパークからは、有珠山の火山灰大地で造られたルビーが。
ものすごく綺麗な赤。



散会後は

そんなこんなで、交流会は散会。
その後、隠岐ジオパーク関係者で少し飲み直そうか、ということで洞爺湖温泉街を歩いていて、フラっと入ったのが居酒屋。

龍汰呼(りゅうだこ)さんという居酒屋でしたが、すごくいいお店でした。

結局、このお店に3夜連続で通っていろんなお話をさせていただきましたとさ。

2011-10-04

洞爺湖有珠山ジオパークについて

メイン会場のひとつサミット記念館

前回のポストが南千歳駅に着いたところまでを書きました。



電車でGo!!

南千歳駅からは、特急北斗で洞爺湖駅まで移動しました。



途中の景観は、広い農地があったりずーーっと奥まで景色が見渡せたりと、北海道らしい景観だったと思います。




この海は位置的に、たぶん内浦湾だと思うのですが、はっきりとはわかりません。
ただ、太陽の光と相まってとてもキレイでした。


これは、お米じゃなくて麦のように見えました。
どうなんだろう。
空から見た時も思いましたが、北海道の農地はやはり広いです。
機会化のメリットを最大限享受できる地域だろうなと思います。


洞爺湖有珠山ジオパークに着いて

洞爺湖駅に設置してある記念オブジェ

洞爺湖駅に着くと、ジオパーク関係者が待っていてくれて、駅と会場を結ぶシャトルバスまで誘導してくれました。
洞爺湖駅改札口の隣には、少し広めの空間があって、そこに洞爺湖有珠山ジオパークやシーニックバイウェイのコースの紹介などがパネルを中心に掲示してありました。

ただ、隠岐の西郷港などにも言えることですが、到着したお客さんは駅や港からはどんどん流れでていくので、来たばかりの人にはあまり見てもらえていなかったですね。


会場近くについて、ホテルにチェックインした後、洞爺湖温泉街を歩いているとこんな看板が。
これが後日、あんなことになるとは……。
この件については、3日目くらいのポストに書きますが、運営側としてちょっとどうなの?と感じたことがあります。
ものすごくもったいない、そう思わせることがありました。


時間があったので、洞爺湖周辺を散策。
湖上に浮かぶのは中島です。
知ってる人は知ってると思いますが、「うしおととら」にも登場した島ですね。
ヒントはサンピタラカムイとオヤウカムイ。





サミット記念館にて


この日は、日本ジオパークネットワーク(JGN)の臨時総会があり、その会場がサミット記念館でした。
このサミット記念館では、これまで一度も会議を開催されたことがなく、JGN臨時総会がはじめて会議として利用を許されたそうです。
それくらい、洞爺湖町としてはジオパークに対して協力的であるということでしょうね。
ただ、もう少し大事にしてあげなければいけないものが足元にあったのではないか、と感じたことも。。。

さて、上の写真。

これはサミット記念館の中にあるフロアですが、北海道の自然環境などを展示してあります。
面白いのは、この展示物がすべてダンボールで作成されていたという点です。

これはビックリしました。
おもしろい発想です。隠岐でも取り入れることができるのかな~とか感じました。


おわりに

文中で、もったいぶった書き方をしてますが、運営側と地元との間でうまく情報共有、意思疎通できてなかったのではないか?と思うことが3日目に発覚します。

端的に言えば、全国大会で大勢の人間が集まり、それに向けて地元イベントの日程をぶつけた、にも関わらず全国大会の中では、イベントに関するアナウンスがなく、ジオパーク関係者はほとんど商店街のイベントには足を運ぶことができなかった、というもの。

ものすごくもったいないし、行けなくて申し訳ないという気持ちもありました。

3日間とも通った居酒屋でそういう話を聞いて、もしアナウンスがしっかりしてあれば、ジオパーク関係者なら喜んでイベントに足を運んだだろうに……と悔しくも思いました。

教訓としては、いいことをやろうとしても、情報共有と意思疎通ができていなければ空振りに終わってしまう、ということですかね。

居酒屋のママはすごく気さくで楽しく迎えてくれたので、可能ならもっと食べて飲んで貢献したかったところです。