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2012-03-18

「研究」という活動

先日、とある研究会の会合に参加してきました。

正直なところをいえば、その場で僕は場違いなんですが、首を突っ込んだ以上そうも言ってられないし、いろんな視点、考え方を聞けるのは非常に魅力的なので参加したわけです。

そこで僕はソーシャル・キャピタルについて今後これこれこういった考え方で研究を進めたい、という話をして、現状認識についても少し報告したんですけど、「あ、これじゃイカンわ」と感じたのです。

何がイカンのか。

一言で言えば、これまでのおよそ10年近い経験に基づく「ビジネスの視座」から「研究の視座」にうまくスイッチを切り替えられていない、ということです。

スイッチを切り替えるってどういうことかを、簡単に説明すると。

前提:目の前にハードル(何らかの問題/課題)があり、それをどうにかして超えていかなければならない(問題解決)


この時……

■ビジネスの視座
ハードルを「跳んで」乗り越えるのか、逆に這いつくばって下を潜るようにクリアするか、はたまた右か左に避けてクリアするか、といった「方法」を導き出して、どれを採用するか「意思決定」ができるレベルの情報があればいい、ということだと思います。

■研究の視座
ハードルの高さは何センチなのか、自分の跳躍力はどれくらいか脚力はどれくらいか、そういったものをすべて厳密に導き出して、ようやく、「では、クリアのためにはどれを選択しましょうか」となるイメージ。
さらに言えば選択するにも、合理性、論理的に適っている必要がある。


ビジネスだと「何センチ」とか細かい数字は不要で、飛ぶべきか、くぐるべきかという大枠の方向性が決められればそれでいいし、そうでないと刻一刻と状況が変わる場合何も意思決定できない、という状況に陥りますね。
そして、何も決められないということは問題を先送りし、かえって事態を悪化させてしまう。

つまり、厳密である必要はさほどない。むしろ厳密さを求めて時間をかけるよりも早め早めの判断ができるようなデータがあればいい、というものだと思います。

異論はあるでしょうけれど、ビジネスだとしても戦略を立てるには、当然データは抑えるし、論理的に計画をつくりますからね。


で、僕は基本的に前者のスタンスでやってきたので、研究という視座になかなかスイッチを切り替えられないであえいでいるところです。

頭の中ではイメージできてるんだけど、それがアクションにうまくつながらない感じです。

それこそ、そうも言ってられないので、しっかりとやっていきたいと思います。

ビジネスはしっかりとやりつつ、「研究」でもきちんと認められる成果が出せるようになりたいなぁ。

2012-02-17

ひとの「つながり」の創出と強化が地方が目指すべき方向

地域再生を仕事にしながら感じていることは、地域においては何よりも「ひと」の存在が重要である、ということです。
それは以前にもこのブログで書いてきたことです。

2011.06.15|Styles: 最後は”ひと”

2012.01.29|Styles: 地域の本質は「ひと」だと思う

さらに、この「ひと」という点に着目して、都市(東京)と地方との格差を認め、重要である「ひと」が集まっている東京の力はすごいよね、ということを書いた。

2012.02.07|Styles: 東京いいね


東京すごいよねと書きつつも、じゃあ地方どうするの?と考えていたんだけど、ふとアイディアレベルですが、つながったので書きなぐってみる。


つながったキーワードをあげておくと「ソーシャル・キャピタル」と「ファンドレイジング」。


NPOセクターの優位性:ソーシャル・キャピタル

地方には、地方再生の最前線には本当に魅力的な人、精力的な人がいます。
だけど、絶対数で言えばやはり東京に人材が多く集まってるんですよね。そこは僕は否定できない。
考えるベクトルが違う、とかはあり得ても能力的には否定できないです。

ただ、これまでに書いてきたことで欠けていた視点があったな、とも気づきました。
それは、「ひと」が集団として組織として動くときの力であり、動くための基礎的な力。

この力はソーシャル・キャピタルと読み替えることができると思います。

「信頼」や「ネットワーク」、「互酬性」といったもので構成されるソーシャル・キャピタルは、都市部の経済組織よりも、NPOセクター、地方における公益的組織の方が醸成されているのではないか、と考えています。

経済組織の強みは、端的に言えば投資に対するリターンをいかに効率化・最大化するか、という点について洗練されているところだろうと思います。
まあ、必ずしもそうとは言えない面もありますけど、一般的に言ってそうだろうなと思う。

対するNPOセクターの強みは、「つながり」を生み出し、拡大させていくことを目的としている点だと思います。
もちろん、投資に対するリターンの効率化や最大化という点においても、つながりの拡大という目的に対してもまだ十分な成果を出し切れていないNPOセクターが大半であろうというのもまた否定できないですが。

NPOセクターの強みである「つながり」の創出と拡大、強化は、おそらく2015年から2020年くらいまでを目途に大きくスポットライトを浴びてくるような気がします。
神田昌典さん(『2022―これから10年、活躍できる人の条件』)や竹井義昭さん(『社会貢献でメシを食う』)の本を読んでいても、だいたいこのあたりで、日本社会のシステム上大きな変革が起きそうだ、ということが示唆されています。

そして、その先にある社会は、懐古的な「つながり」ともまた違う、新しい形での「つながり」の上に成り立つ社会である、と僕は予測しています。

それまでに、地域やNPOセクターにおいていかに自分たちの価値観、理念、目的を共有し、さらに共感してくれる仲間を増やせるか、ソーシャル・キャピタルを醸成できるか、が自力をつけて「その時」に対処できるか否かをわけるのではないか、と考えます。


共感を広げるファンドレイジング

ソーシャル・キャピタル(SC)の醸成については、修士論文を書くときのテーマとしたので今でも気になって考えることがあります。
SCは醸成はできる。しかし、どうすれば良好なSCを醸成できるのかという点については十分に検討できないまま、次のような点を提案しつつ筆を終えたんです。


  • 地域内における「共食」機会を持つ。あるいは増やす


これについて参考になるのは宮崎県えびの市の「モエ(もやい)」という講の一種で、モエでは月に1回から2ヶ月に1回程度、モエの会員同士の食事機会を設け、そこで悩みの共有やグチを言い合うなどメンタルの支え合いなどが行われています。

残念ながら、修論の時点ではこれくらいまでしか書けませんでした。

しかし、最近ふと気になったのは、NPOセクターにおいて、マーケティングの考え方を応用したファンドレイジングの導入が進んでいる点です。

ファンドレイジングとは狭義には「寄付金集め」ですが、これは解釈があまりに小さい。

もっと本質的には、自分たちの価値観や理念をわかりやすく伝え、「共感」を得ることであると考えます。

つまり、NPOセクターにおいて「ファンドレイジング」の各種手法を用いて「共感」を集め拡大する。それがNPOセクターを中心としたSCの醸成になるんじゃないのか、と。

ものすごく粗い考え方だとは思いますが、この

ファンドレイジング→共感を得る→SC醸成

の流れの中のメカニズムをもっと理解できれば、単にNPOセクターの組織力、継続力アップだけじゃなく、さまざまな公益的組織でもSC醸成ができるのではないかと思います。
そのNPOに適したSCが醸成できれば、「その時」を迎えるとき、ブレることなく進むべき方向に進むことができる、と思いませんか?


おわりに

やっぱりこのへんは自分でもう少し検討したいな。
お世話になってる先生方にまた意見もらいながら、自分なりに勉強してみよう♪

以前アップしてたものは文字化け等あったので、再アップ。
修論発表会で用いたスライドです。
もし興味があれば、ご覧下さい。
地域の「共食」度合いをSCの構成要素とみなしてモデル化できないか?というものですが、うまくいってるわけではないです。。。







社会貢献でメシを食う
竹井 善昭 / ダイヤモンド社 ( 2010-09-10 )



2012-02-08

認定NPO法人とファンドレイザー

平成23年度は、寄付税制が改革され、NPO法も改正されたことで、認定NPO法人へのハードルが下がり、国内における寄付文化醸成にも大きな弾みがついた一年であり、さらに社会が変わる可能性を秘めた次の一年になると思います。

とくに、認定NPO法人の仮認定制度の運用開始は、大きな影響があると考えています。

メリット、デメリット両面ね。

メリットは、もちろん仮認定を受けることで実力のあるNPOが寄付を集めやすくなる環境を一応整えることができる点。
これはPSTのハードルの高さもあって、かなり大きなメリットになるのだろうと思います。

一方でデメリットとして考えられるのが、「認定NPO法人」のバーゲンセールのような状況にならないか?という心配。
杞憂に終わればいいのですが、バーゲンセール状態で考えられるのが次の点。


先行者利益

ひとつは、先行者利益。
現在、国内に40,000余りのNPO法人が設立されており、そのうち「認定NPO法人」となっているのは250弱という状況。
パーセンテージにして、1%にも満たないですね。
これが、今年の4月1日からは「仮認定制度」がスタートするので、割合としてはかなり高くなることが推測されるし、期待もされてると思います。

たぶん、ですが。
この先行者利益は大きいように思います。「先行者利益」というとちょっといや~な響きがあるかもしれませんが、「認定」の信頼度を活かして幅広くファンドレイズしようと思えば、これは大きいんじゃないかなぁ、と思います。

ということは、大きいぶん、後発組はそのメリットを十分に享受できるかどうかは微妙かな。
そこがファンドレイザーの腕の見せどころになるかもしれませんね。

あと、先行者利益以上に、寄付市場が活性化されてそんなもの気にする必要もないくらいになることが理想だとは思いますけどね。


プレミア感の相対的な低下

先行者利益に対する後発組の弱さ、という意味と重なる点もありますが、「認定NPO法人」が少ないから、「認定」に対するある種のプレミア感がある、というのが現状のような気がします。
どこまで企業セクターに浸透してるかは不明ですが。

それが、仮とはいえ認定が多産されることで、プレミア感が相対的に消失してしまわないかな、という懸念です。
消失または低下すれば、どうしても先に認定を取っていたNPOに支援が集まりやすくなるような気がしますが、どうなんでしょうね。


対抗策としてのファンドレイザー

上でも書きましたけど、状況はどうなっても日本国内の寄付市場はきっと活性化していきます。
自分で書いて矛盾しますけど、「先行者利益」も「プレミア感の消失」も、ファンドレイザーのアイディアと実践ひとつで何とかなるんじゃないかな、と感じてます。

それくらいファンドレイザーに対する期待を自分の中では強くしています。

NPOが活動を続けていくのに欠かすことのできない存在、それがファンドレイザーとなるのではないか。
研修やセッションを聞いて感じたことのひとつに、ファンドレイザーはNPOの財務部門を統括することも期待されてるのかな。企業で言えばCFO(最高財務責任者)のような役割になるのかも。

ソーシャルメディアをどう活用するか


認定ファンドレイザー必修研修があった2月3日の夜、日程がたまたま合ったので渋谷で開催されたソーシャルメディアに関する勉強会にも参加させてもらいました。

そうそう東京に出てくる機会もないので、日程が合う以上でないわけにいかないでしょー、という気持ちで参加しました。

おもしろかったですねー。刺激的な人がたくさんいて面白い。


まぁ、何が面白いって、島根から行った僕と、19から?アメリカに行って今はたまたま日本にいる、という方と「島根」、「隠岐」のキーワードでつながったということ。

驚きですね、はい。

一口にソーシャルメディアと言ってもいろんな利用法があり、いろんな視点から可能性が探られているんだなと感じました。


もう一つ、違う意味で刺激を受けたのは、比較的初対面の方が多いと思われる場面でも、どんどん「じゃあ、私も」と次々に情報提供の手が挙がるという場面。

どなたかが仰っていましたが、このように手を挙げられる、声を出せるという点で「強い」のかもしれません。
地域振興・再生でも、声にならない声、表面化しないけどいつも何かを考えている人の考えを、どうやって吸収するかが大事なので、この指摘は案外重要だろうと思います。


個人的には、ソーシャルメディアはファンドレイザーにとっては重要なツールとなり得るということと、もっと根本的に、ネット投票とかそういうことではない意味での社会システムを変える可能性はあるなぁ、と感じてますが、もう少しその意味合いを理解したいのでとりあえず下の本を買って読んでみようかと思ってます。

「統治」を創造する 新しい公共/オープンガバメント/リーク社会



あと、この三日間で悔いがあるとしたら、出発前にしっかり確認したはずなのに、見事に名刺を持っていくのをど忘れしたこと。

予備もあったけど、予備をいれた手帳を紛失したので、もうどうにもならない状態でした。

これでせっかくお会いしたたくさんの方に失礼せざるを得なかったのは残念でした。
あまり期待しない場合には忘れずに持って行き、期待していると忘れるというマーフィーの法則的な結末にうなだれております。。。

2012-02-07

ファンドレイジングの真髄に触れた三日間

3日の会場は国連大学

2012年2月3日から5日までの3日間、ファンドレイズというものにガッツリ入り込んできました。

2月2日の夜行「サンライズ出雲」で東京に向かい、3日は認定ファンドレイザー必修研修を受講、4日、5日はファンドレイジング日本2012への参加。

いっこ前のポストでも書いたけど、活気がすごかったです、東京ナイス。

ひとが資源、という趣旨のポストはこれまでに何度か書いてきましたが、東京でもそれは変わらない。


ファンドレイザー必修研修


2月3日、丸一日かけて研修で、300人ほどが参加されたようです。

まずはじめに、正直に言っておきます。さすがに、最終盤は疲れましたので、聞き逃しもありそうです。
しかも、疲れからか会場に手帳を忘れて帰る始末(苦笑ものですよ)

研修は、講師である鵜尾さんからも説明がありましたが、ファンドレイジングの「全体」を関連付けて説明するもので、「全部」を説明するものではありませんでした。
ファンドレイジングの「全体」を聞いた今思えば、「全部」をたった一日で伝えることはムリですね。

ということで、肝となる考え方、思想、理論から具体的な手法、ソーシャルメディアの活用などまで多様なテーマで解説がありました。

一昨年でしょうか、島根県で開催されたNPO活動推進大会で鵜尾さんの講演をはじめて聞き、ファンドレイジングの可能性を強く感じ、「共感を得る」という思想に共感し、何とかして自分もそこに関わりたいと思いながら仕事をしてきて、今回こういった形で一歩前に進めたことは非常に大きな意味を持つと感じています。

そして、鵜尾さんの講演のおもしろさ、飽きさせない話術、盛り上げ方はスゴイ。


ファンドレイジング日本2012

オープニング直前(2012.02.04)

4日、5日はファンドレイジング日本2012でした。
二日間にわたり700人が参加し、100人がなおキャンセル待ちだったというこのイベントに参加し、僕の中でも「あぁ、たしかに日本の中に寄付が成立していくのだな」という実感がさらにわきました。

ちなみに、2010年の大会では参加者400人、2011年大会では500人と着実に増えて、今回は700人ですからねぇ。
3.11があったということが大きな影響を与えているとはいえ、ファンドレイジングというものに対する意識が醸成されてきているんでしょうね。

2日間で30近いセッションが繰り広げられていましたが、いずれも興味深い内容でどれに参加しようか迷いに迷いましたが、参加したセッションはどれも面白い内容で満足です。

特に印象深いセッションは、初日だと加賀屋克美さんでしょうか。

ディズニーめっちゃ好きなんやなぁというどうでもいい印象とともに、ネット上では有名なエピソードも加賀屋さんの口から聞くことで、それがどれだけ深い意味を持っているかがよく伝わり、うかつにも目から汗が出る事態に。

二日目だと、Just Giving Japanの佐藤大吾さんと多田千尋さん。


Just Giving は以前知人から「ファンドレイジングといえば、こんなサイトがありますよ」と教えてもらっていたので概要は知っていたつもりでしたが、佐藤さんから直接いろんな話しを聞くことで、これものすごい仕掛けじゃないの?と、改めてその可能性を認識しました。

佐藤さんの印象的な言葉。
・ひとりに頼めるモノゴトは一個まで
・だったら寄付を頼まずファンドレイザーになってもらうことを頼むべき
多田さんは東京おもちゃ美術館の館長さんらしいけど、いやはやなんとも。
木育というアクションはすごくおもしろいなと感じました。
あれって、島根でもできる手法だし、やるべきだなと思いながら話を聞いてました。
多田さんのお話でも若干目から汗が……。

壇上の右側お二人は島根県から参加された方です


ファンドレイザーに向けて

僕自身2度ほど目から汗が出たように、ファンドレイジングに「共感」は重要なんだと思います。
それは必ずしも明確な「感動」である必要はないですけど、何か行動に結びつけるためには強い共感が必要ですね。

もうひとつ、今回のセッション中で共感した部分は、「寄付をお願いすることはかっこ悪いと思ってた」という話、でもそれは違うんだと気づいたという話。

これははじめて鵜尾さんの話を聞いてからずーっと考えてきたことで、自分の中での結論と今回のセッションで示された一つの結論が結びついて、「うん。そうか」とひとりで納得していました。

それはちょっと傲慢に見えるかもしれないけど。

まず前提として、多くの人は何らかの形で社会に関わりたい、できれば貢献したいと思っている。
しかし、日常的には仕事や家事・育児など忙しいこともあり、そうそう関わることはできない状況がある。
その対極に、地域課題を解決するためのNPOが存在しているが、慢性的に財政不安、人材不足である。
そうであるなら、NPOに寄付することは間接的に社会に関わることになり、NPOである以上、自分たちの活動を説明し、共感を得る努力をし、寄付を集めることはある意味で責務である、ということ。

つまり、寄付を呼びかけることで社会にかかわる機会を提供するということ。

そして、その間を取り持つことで寄付や共感を集めることができるのがファンドレイザーであるということだと理解しています。

僕の進むべき方向性が見えた気がした三日間でした。


最後にどうしてもひとつ。
司会を努められた山元香里さん、めっちゃキレイでした!!


2011-09-02

隠岐でファンドレイジングをやるには・・・


赤い羽根 - 写真素材
(c) moeyan|画像素材 PIXTA


昨日は、隠岐ジオパーク戦略会議として取り組むファンドレイジングについて、県庁に相談に行きました。

とりあえず、今のイメージをもう少し具体的に詰めていくことと、アウトプットをどう設定するか、アウトカムをどう設定するかといったことももう少し詰めないと。

ということを考えると、やはりチーム制で動きたいな、と思いますね。

2011-08-23

地下水利用セミナー

先週末、松江市くにびきメッセで地下水利用に関するセミナーがあり、参加してきました。

題して、「みんなの地下水・利活用セミナー」です。

午後一で打ち合わせがあったため、少し遅れて参加したのですが、会場には想像以上に参加者が多かったです。
ただ、大半は土木関係者のように思われました。

あとからわかりましたが、県議や周辺の町長なども来られており、地下水に関する関心の高まりを少し感じることができました。


山陰発の水ビジネス 山陰クボタ水道用材


大田市は三瓶山ふもとの水でビジネス展開している事例報告。
毎分800リットルの水量がある中、地元自治会との信頼関係を維持するためにも取り過ぎることはしない、という。

水ビジネスに参入した経緯は、元々は公共事業で生きてきたが近年の公共事業縮小により、厳しい状況になり、新しい仕事を作っていかなくてはならないということから参入。
思いのほか設備投資にコストがかかったらしい。

外国からは軟水に対するニーズがある。海外の日本人商売人が日本の水を欲しがる。

課題は、単価が安くて流通量が増えないとペイしてこない、という点。


地下水採取に携わった経験的よもやま話 共和地建

地下水開発の三位一体というべきものがある。

  1. 地点選定の技術
  2. 掘削の技術
  3. 取水の技術
これら三点が重要。

公民館単位でミニ井戸が一つあると安全管理上いいのではないかという提案。
防災施設としての位置づけができ、国庫補助も2分の1あるらしい。

震災の場合、地下水汲み上げが安定してできるのかという点で少し不安は残るけど、地震以外の災害であれば、水の確保は井戸で確実にできるので、これは良い提案かなと思います。


地下水の不思議な世界 新藤静雄


水循環法構想はいずれ実現するだろう、とのこと。
一番重要なのは、地下水の移動の駆動力について。一般的には位置のポテンシャル、つまり高いところから低いところへということが考えられているが、実際にはそれだけじゃない、ということ。
震災にともない発生した廃棄物はいずれ処理しなければならず、その処理は埋設となる。そうなると、それら廃棄物が地下水へどのように影響を与えるのかを知っておく必要がある。

地下水の駆動力について。

  • 位置のポテンシャル
  • 熱による対流
  • ジオプレッシャー(高圧力)
  • 断層活動による移動
  • Compartmentの存在
など。

雨水が地下水となるためには

実はすべての雨水が地下へと浸透し、地下水になるわけではない。
通常の雨なら、せいぜい地下2mくらいまでで止まる。
大雨の時にしか地下水にはならない。できれば、大雨の前まで連続的に雨があり、水みちができていて、大雨が降る。すると、地下水へとなりやすい。


ダムか森林か

ダムと森林(緑のダム)とどちらが効果的なのかということについて、定量的評価はほとんどされていない。
北海道での試みでは、通常であれば、ダムと森林とではほとんど貯水機能に差はない。
ただし、大きな水量を処理しなければならなくなると、森林の能力を超えるという結果。
この結果からも、一般的に緑のダムを過大評価している傾向がある。


世界では、water harvesting(育水)という考え方も始まっている。
地域性の強い資源である地下水の計画的利用は必要で、そのためには地下水情報の整備が不可欠だが、日本ではほとんど整備されていない。
専門職員や研究員がいない。


パネルディスカッション

最後にパネルディスカッションがあり、興味深い話が続きました。
パネルディスカッションの中で、吉谷先生が言われてましたが、会場との質疑等やり取りがあると、もっと刺激的でいい内容になったのではないか、と感じました。



パネルディスカッションで印象的だったのは、山陰クボタ水道用材の杉谷社長の言葉。
山陰は水ビジネスで地の利がある。浜田港から韓国へのロジは有望だ。
という言葉。なるほどな、と。

もう一点、新藤先生はしきりに地下水汚染への懸念を表明されていました。
一度汚染されると、もう一度クリアになるまでものすごい時間をかけないとダメだと。
20年30年前の汚染箇所の事例を交えて、濃度は下がるが、汚染範囲は狭まっていない、という話もありました。


放射性物質が付着しているかもしれない廃棄物の処理を安易に考えて処理してしまうのではなく、それがどういう影響をもたらすのか、くれぐれも考えて対応してもらいたいと思いました。

それに、ことは水に留まらないとも思います。地下にもたくさんの生き物がいるはずで、その生き物が連鎖して地上の生き物、ひいては人間の口に入るわけです。

そのことをよくよく考えた対応が望まれるかな。

2011-06-03

TPP参加の議論が少なすぎる|TPP亡国論 第1章



寝る時間がちょっと微妙な感じなので、今読みかけている『TPP亡国論』を少しだけ整理してみようと思います。


1.TPPとは何か

東北大地震でやや吹っ飛んでしまった感のあるTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)とは一体どういうものなのか。
スタート時の加盟国を見るとその性格が見えてきます。
なお、資料は内閣官房作成の「包括的経済連携に関する検討状況」という資料。

TPPがスタートしたのは2006年。
その時の加盟国は、シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの四ヶ国で、その四ヶ国の間で締結された自由貿易協定が発端となっています。
TPPは、この四ヶ国間自由貿易協定を、広く環太平洋諸国に拡大しようというものです。
そして、その性格は関税は全品目について撤廃を目指し、対象もサービス、金融、人まで含む包括的な協定となっている、自由化の程度が進んだ協定と言えます。

2010年、この四ヶ国にアメリカ、オーストラリア、ペルー、ベトナムが加わり、八ヶ国でより広域的な連携協定を目指すTPPの交渉がスタートしました。
さらに2010年10月からはマレーシアも加わり、9ヶ国で議論が進んできたというものです。

TPP交渉国で、日本の輸出相手となり得る国があるでしょうか。
アメリカ、オーストラリアくらいではないでしょうか。
その他の国は経済規模の小さな国々で、日本への期待は「日本からのメイドインジャパン製品の輸入」ではなく、自国商品を購入してくれるジャパンマネーではないでしょうか。
図2 TPP交渉参加国のGDP規模の比較(TPP亡国論,P.32)



2.なぜ日本が飛びついたのか

自由化の度合いが強い、急進的な協定になぜ日本が飛びつこうとしたのでしょうか。
それは、自由貿易協定(FTA)に出遅れた、と認識されているからです。
とくに、主要貿易相手国であるアメリカ、EU、中国との取り組みが遅れています。他方、韓国はこれらの国と積極的に交渉し、アメリカとは合意に至っており、それが「出遅れている」という認識につながります。

ちなみに、日本が進めているEPA(経済連携協定)もFTAの一種ですが、二国間あるいは複数国感の協定で、協定から除外する品目なども含め、柔軟な交渉によってお互いの国の実情に応じたルールづくりがしやすいものです。
EPAと比べると、急進的なTPPは品目除外等は原則認められないだろう、という推測がされています。


3.TPP参加が「開国」 不参加が「鎖国」なのか

TPPへの参加に関する議論としては、開国か鎖国かといったような論調も見られました。日本経団連の米倉会長は参加しなければ日本が「世界の孤児になる」と放言したこともあるようです。
開国・鎖国という単純化した話は馬鹿げていますが、それでも開国・鎖国を客観的に判断するとすれば、貿易を行っているかどうか。さらに貿易時の関税率などから推測できるのではないでしょうか。

ということで本書では主要国の関税率を示しています(下図)。

図1 主要国の関税率(TPP亡国論,P.26)

まず、全品目平均について見てみると、日本はEUよりは高いもののアメリカよりも低い関税率しかかけていないことがわかります。
韓国は一目瞭然ですね。

次に、農産物の関税率について目を移すと、アメリカよりは高いけれどもEUや韓国よりは低いことがわかります。
(この点について本書では、農産物の関税率試算方法は複数あるので一概には言えない、と指摘)
むしろ、しばらく前に話題になっていた食料自給率を思い出してみましょう。
約4割、38%という数字があったと思います。これは逆に言えば、食糧の6割は諸外国から輸入している、ということになりますね。

関税率の低さ、食料自給率の低さ(笑)から見て、日本は「鎖国」といえるのでしょうか。
またこのような状況下でTPPに不参加を選択すると、それも「鎖国」となるのでしょうか。

参加しないと「世界の孤児」になるのでしょうか。


4.TPPに参加するメリット

国はTPPに参加することで得られる、期待できるメリットのひとつに、成長著しいアジア市場を取り込む、というものがあります。
しかし、一般的に「アジア市場」といったときに想起されるのは、中国、韓国あるいはインドといった国々ではないでしょうか。

しかし、これらはいずれもTPPに参加していませんし、本書では中国・韓国の参加の可能性は著しく低い、としています。
中国の場合、人民元問題を抱えるような国が完全自由貿易を目指す枠組みに参加する可能性は低い。
韓国の場合、アメリカとFTA合意しているように、基本的に二国間で交渉できるFTAが国益になると判断しており、複数国間で調整が必要になるTPPにはメリットを感じないでしょう。

つまり、TPPに参加してアジア市場を取り込もうという目論見すら、怪しいと言わざるを得ません。

もちろん、ネクストイレブンあるいはVISTAに挙げられているベトナムなどに期待する、という見方はありますが、日本の輸出相手国となり得るほどの大きな市場は形成されていません。

さらに、TPPに早期参加することで日本に有利なルールづくりを進める、ということも考えているようですが、本書ではそれも否定されます。
交渉国に日本と利害が共通して連携できる相手国が見当たらず、結局アメリカがルールづくりの主導権を握るだろう、としています。



2011-03-29

近況報告

2009年度に入学した島根大学大学院を先日無事に卒業し、修士課程を終了しました^^
社会人学生としての大学院生生活だったので、多少は苦労しました。特に2011年に入ってからは本当に日々が過ぎ去るのが早くて焦りました。

学位(?)の分野は「生物資源科学」の修士です。
昔だと多分、「農学」とか「農業経済学」とかになるんでしょうが、どうやら今は学科の名前がそのまま使われるそうです。

ちなみに、修士論文のタイトルは
『離島集落における「共食」の視点からみたソーシャル・キャピタルの構造
―島根県隠岐の島町を事例に―』
です。

隠岐の島町で2回実施したアンケート調査と神戸市東灘区でも1回実施したアンケート調査の結果を用いて、地域別のソーシャル・キャピタルの傾向を明らかにしました。
また、フィールドワークとして業務で関わってきたまちづくり団体等を整理し、そこで見られるソーシャル・キャピタルについても整理してみました。

修論自体はまだまだ改善の余地あり、といったところです^^;
でも、学部生の頃のような後悔はなく、今できることは出し切れたと思います。
そういう意味では本当に良かった。

報告書を書くことには慣れているので、論文も何とかなるかなと思ってました。
しかし、実際には学術的論文を書くことにはとても苦労してしまいました。

報告書はやってきたことを書けばいいという意味では慣れている。
論文は細かいところまで論理構成に矛盾がないかを考えながら進めなければならなくて、そこにストレスがかかりました。

もちろん、報告書書くときも論理構成に矛盾がないかどうかは考えているんですが、気の配り方という意味では大きく違うなと。

とにかく、社会人として働き、働く中でもっとこういうことをしてみたい、知識を深めたい、という気持ちが出てきたら大学にまた戻るというのはひとつの手だなーと感じました。